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東京地方裁判所 平成11年(特わ)3935号 判決 2000年2月17日

主文

被告人を免訴する。

理由

一1  本件公訴事実は、「被告人は、みだりに、平成一一年七月二四日、東京都新宿区歌舞伎町二丁目四番一〇号先路上に駐車中の普通乗用自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン〇・〇一〇グラムを含有する水溶液を所持した」というものである。そして、関係各証拠によれば、被告人は、同日午後九時四五分ころ、普通乗用自動車(足立《番号省略》。以下「本件車両」という。)の運転席に座って同車を右路上に駐車中に、警察官から職務質問を受けたこと、その際、被告人は、同車助手席の座席シート上に置いたセカンドバッグ内に、塩酸フェニルメチルアミノプロパン〇・〇一〇グラム(平成一二年押第三一号の1はその鑑定残量。以下「本件覚せい剤」という。)を含有する水溶液の入ったポリ容器をティッシュペーパーに包んで入れていたが、右職務質問により、右水溶液の所持が発覚したこと、右セカンドバッグは被告人が外出時にいつも持ち歩いているもので、右水溶液入りのポリ容器も同年六月下旬に入手してから右バッグに入れたままにしていたことが認められる。

2  ところが、関係各証拠によれば、被告人は、正当な理由がないのに、同年七月二四日午後一〇時五分ころ、前記路上において、人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具である長さ約四七センチメートルのとび口一本(以下「本件とび口」という。)を本件車両内の助手席床に隠して携帯したとの事実により、同年一〇月二九日に東京簡易裁判所において軽犯罪法違反の罪として科料九〇〇〇円に処する旨の略式命令を受け、右裁判は同年一一月一七日に確定したこと、被告人は、右犯行の二週間前ころから護身用に本件とび口を本件車両に積み込んで助手席床の最も運転席寄りで運転席から容易に手の届くコンソールボックス脇に置いており、右職務質問を受けた際にも同様の状態であったことが認められる。

二1  このように、本件公訴事実である本件覚せい剤所持と確定裁判を経た本件とび口隠し携帯とは、被告人が本件当日に本件車両に乗り込んでから職務質問を受けるまでの間、その所持ないし携帯の日時が重なり、その場所がいずれも同車内であるだけでなく、本件覚せい剤所持が助手席の座席シート上、本件とび口隠し携帯が助手席床の上と極めて近接しているといえる。しかも、被告人はこれらをいずれも自己の運転する同車内に積み込んだ上いつでも持ち出せるように運転席から容易に手の届く位置に隠し置いて携帯していたものである。したがって、検察官指摘のような、本件覚せい剤の水溶液入りのポリ容器がティッシュペーパーに包まれてセカンドバッグに入れられていたのに対し、本件とび口がそのまま床の上に置かれていたという存在形態の違い、本件車両に積み込まれた時期の違い等の犯行に至る経緯の相違を合わせ考慮しても、これらの行為の態様は極めて近似するものと認められる。加えて、本件覚せい剤が本件当日の午後九時五〇分ころ、本件とび口が同日午後一〇時五分ころに相次いで警察官により発見されているから、右各発見に至るまでの所持ないし携帯は一連かつ一体のものとも認められるのである。したがって、本件覚せい剤所持と本件とび口隠し携帯とは、刑法五四条一項前段にいう「一個の行為が二個以上の罪名に触れ」る場合に当たり、両罪は観念的競合の関係に立つと解するのが相当である。

2  さらに、本件公訴提起に至る経緯をみるに、一件記録によると、本件覚せい剤及び本件とび口はいずれも、同一警察官が相前後して本件車両内から発見し、本件当日の同年七月二四日中に被告人から提出されて押収されていること、本件覚せい剤は同月二六日に鑑定嘱託され、同年八月五日に覚せい剤であるとの鑑定結果が出されており、所轄の警視庁四谷警察署は、同年九月二八日にその鑑定書を受領し、同年一〇月四日には被告人に覚せい剤を取り扱う資格がない旨の捜査関係事項照会回答書を得て、被告人の取調べを除いてその捜査を終えていたこと、本件とび口の隠し携帯は、同月二五日起訴され、同月二九日略式命令が出されていること、その後、本件覚せい剤所持について、同年一一月四日逮捕状が請求発付され、同月八日被告人が逮捕されたことが認められるのであって、本件覚せい剤所持について本件とび口隠し携帯と同時に審判することに支障があったことをうかがわせる状況は全く存在しないのである。

3  そうすると、右観念的競合の関係にある二罪のうち本件とび口隠し携帯による軽犯罪法違反の罪について既に略式命令の確定裁判があった以上、本件覚せい剤所持については確定裁判を経たものとして被告人に対し刑訴法三三七条一号により免訴の言渡しをしなければならない。

三  よって、主文のとおり判決する。

(検察官田中知子、弁護人野村禮史各出席)

(裁判官 中谷雄二郎)

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